非正規ブログ ~幸せになりたかった~

非正規の人間が綴る日常

長時間労働の先に幸せはあるのか

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GW、1日も休ませて貰えず13連勤

 管理職に休日を申請しても「GWは休み無しが当たり前」だと突き返され、月に300時間以上の労働を強いられていました。正規の社員になると400時間近く働いています。ボロボロになっている上司や先輩を見ていて「この会社はやばい」と感じ、試用期間中に退職を申し出ました。

人は長時間労働で幸せになれるのか

 これまで、何度か10連勤以上の労働をしました。しかし「幸せだなァ…僕は長時間労働してる時が一番幸せなんだ」と思ったことは一度たりともありません。次の休日はいつなんだ…家に帰ってゆっくり寝たい…風呂に入るのも面倒くさい…帰って倒れ込むように気絶…家と会社の往復…自由時間なし…僕は幸せになれなかった。

 長いこと働いていますが、長時間労働が幸せだと言っている人は今のところ一人もいません。ベテランも管理職も「俺だって嫌やで」「しんどいわ」と言っています。ただそれを大声で言うことは許されません。

幸せの定義を何に置くか

 僕は自分の時間を大事にするタイプの人間なので、長時間労働では幸せになれませんでした。しかし、お金こそ全てだと考えている人にとっては長時間労働はそこまで苦にならないようです。「しんどいけど仕事だし」「金稼ぐためには当たり前でしょ」なぞと僕の意見に真っ向から反発してきます。

 そういう人間とはプライベートでもソリが合わないことが分かりました。仕事への考え方は生き方にも通じるものがあって、人は、仕事観が合わない人間と仲良くなることができません。 

 仕事を通じて人間的に成長することを望む人もいます。大きな仕事を任されたり、周りから期待されたり、自己有用感を高めることをモチベーションに働いています。そんな人は自分のために頑張ります。裁量労働制にもっとも適したタイプの人です。

長時間労働が心身に与える影響

 幸せ、不幸せ関係なく、長時間労働は人体に多大なダメージを与えます。

 先日、裁量労働制を取り入れた企業の社員が36時間連続勤務で過労死したニュースを見ました。

 その社員はツイッターで

「うおー! やっとしごとおわったぁー!! 社会人になってから36時間ぶっ通しで働いたの初めてやがな」

 と書いた1ヶ月後、くも膜下出血で亡くなりました。長時間労働からくる疲労とストレスで神経を崩しテンションが上がっているのが明らかに分かります。

 長時間労働をしていても、ブラック企業ではそれが当たり前だし、自分が思っているよりも周りが長時間労働を認めてくれません。いくら働いても自尊感情が高まらないのです。そうなると、自分で自分を褒めてストレスを発散するしかありません。

 僕もツイッターで「今月は350時間働いた」と自虐風に書き込み、この辛い現実を誰かに知ってもらおうとしました。ツイッターでは心配してくれる人がいましたが、現実社会はあまりにも冷たく「350時間働いたんだね。偉いね」とは言ってくれません。大抵の場合「そんな会社さっさとやめろよ…」と切り捨てられます。

 長時間労働は孤独との戦いでもあります。

長時間労働はなくならない

 政府や厚生労働省が『働き方改革』なぞと銘打って労働者のために何かやってるポーズを見せていますが、現実問題として働き方は改革されないだろう、と僕は考えています。

 僕はこれまで様々な職に就いてきました。どの職場でも共通する理念が「他の誰よりも早く」です。嫌なことは進んでしろ、他社よりも1秒でも早く動け、電話は1秒で取れ、そういう考え方だけはどんな会社にも存在していました。

 民間企業は、ライバル会社が働き方改革を導入して手を緩めるのを虎視眈々と狙っています。働き方改革をビジネスチャンスと捉えています。みんなが「ライバルが休んでいる間に差をつけろ」と考えていたら、いつまでたっても労働環境は良くなりません。まさに従業員の命を賭けたチキンレースです。

自分が本当に幸せだと思える仕事に就く

 特別に高度な仕事を除いて、労働時間と給与はだいたい比例します。労働時間を優先するか、給与を優先するか、それはもう個人の考えによる判断でしかありません。

 どんな仕事をすれば幸せになれるのか、みんなそれぞれ違います。自分が幸せと思える仕事に就くことができれば人は幸せです。

 僕は幸せになりたかった。