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幸せになりたかった30代独身異常男性の日記

教育委員会や学校は何と戦わなければいけないのか

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学校は保護者の信頼なしに運営できない

千葉県野田市で小学4年生の児童が父親に折檻され死亡するという痛ましい事件が起こりました。野田市教育委員会(野田市教委)が「いじめに関するアンケート」を加害者である父親に渡すという失態もあり、関係する大人たちが最悪の事態を招く結果となってしまいました。なぜ、大人たちは女児を救うことができなかったのか。それは保護者がモンスターと化したのが原因です。

学校という組織は校長、教頭、教員、事務員、校務員、指導員、そして教育委員会などで運営されているのですが、最も重要なファクターが児童生徒の保護者です。「保護者を制する者は学級を制す」と言われるほどで、学校は保護者との関係に神経を尖らせています。やり手の先生は児童生徒よりも先に保護者のほうを懐柔していくこともあります。味方に付ければ何よりも頼もしく、敵に回せば何よりも恐ろしい存在だからです。

モンスターペアレントの恐るべき実態

モンスターペアレントはどの学校にも存在します。最初から保護者がモンスターである場合は稀で、たいていの場合は学校の対応がまずいせいで保護者がモンスターに化けています。私が小学校で働いていた時に見たり聞いたりした話を元に、三つのモンスターペアレント事件を紹介します。

4月にいきなり「クラス替えをしろ」

他校から転任してきた先生がある学年の担任を任された。その学年は前年度に学級崩壊しており、児童だけでなく保護者同士の揉め事も耐えなかった。1学期が始まって間もない頃、ひとりの保護者からクレームの電話が入った。

「△△と同じクラスにしないでと頼んでいたはず。クラス替えをやり直してほしい」

クラス替えは前年度に受け持っていた担任団が決めたことであり、その先生には何の非も無い。しかし、モンスター保護者はそれでも納得せずに一年間ブツブツとしつこく文句を言っていそうだ。(前年度の学級崩壊によって子ども達の人間関係が悪化しすぎており、他に離すべき子どもを優先せざるを得なかったのが原因)

娘のおもらしで「お前を訴えてやる」

ある冬の日、低学年の女子児童が外遊びをしている時におもらしをした。トイレに行くことを禁じられていたわけではない。遊びに夢中で少量のおしっこが出てしまったのだ。その子は内気な性格で、下校するまで誰にも言い出せずに帰宅した。数時間後、若い担任の先生に保護者から大激怒の電話がかかってきた。

「担任の◯◯はお前か!!何をやっているんだ!!うちの娘を病気にする気か!!!体罰だ!!!!今から学校とお前を訴える!!!!!!」

保護者の怒りは収まらない。管理職まで引きずり出される事態になり、何度も何度も謝罪してようやくモンスターは大人しくなった。担任の先生は、もう教師人生が終わったと覚悟したという。

ICレコーダーを担任に押し付けて脅迫

その学級は半ば崩壊していた。授業は荒れ、毎日子どもが喧嘩する。落ち着きがなく周りにちょっかいを出す男子児童はクラスのトラブルメーカーだった。授業中に教室を飛び出したり、テスト用紙をバラバラに破ったり、周りの誰からも認めてもらえないことに彼は苛立っていた。担任の先生が身も心も擦り減らしていた2学期のある日、彼の保護者が学校に乗り込んできた。

「うちの□□がクラスでいじめられていると言っている。事実を全部話せ。これを教育委員会に持っていく」

保護者はおもむろにICレコーダーを取り出し、怒りの口調で担任にそれを押し付けた。もはや話し合いというより殴り込みに近い。それでも先生は反撃することはできなかった。学級を上手くまとめられない自分の不甲斐なさを感じていたからだ。悪いのは自分、悪いのは自分…。正義感が無ければ教師は務まらない。しかし給料を貰っている限り言い訳も許されない厳しい現実がそこにあった。さらに追い打ちをかけるように、その先生は校長から見捨てられていた。定年が近く揉め事を避けたい校長は、荒れた学級のサポートを生活指導の先生に丸投げしていた。
 

公務員の本質、事なかれ主義

公務員の仕事は成果が見えづらく評価が難しい。頑張っても怠けても俸給表に従った給与しか出ないため、業務は公務員自身の正義感と義務感に一任されている。無償で頑張る公務員もいれば適当に一日を過ごして終業のチャイムを待つだけの公務員もいる。給与が同じなら手を抜いたほうが楽なのは当たり前で、公務員は自分に災いが降り掛かってこなければそれでいいと考える。それが公務員の事なかれ主義を生み出す。

先に述べた校長も多分に漏れずそのタイプで、自分から問題解決に動くことは一切無かった。どんどん悪化していく状況からも目をそらし逃げ切ることだけ考えている。ベテランの公務員になるほどその傾向が強まっていくように感じる。安穏に退職を迎えれば数千万円という莫大な退職金と気楽な嘱託職員としての再就職が手に入るため全力を尽くして立場を守るのだ。

そういう公務員がいる傍らで、強い責任感を持ち職務を遂行する先生も多くいる。定年を迎えるまで生涯一教師を続ける先生や、学級崩壊したクラスに入り込んで授業を行う校長先生もいることは忘れずに付け加えておく。ただ、いくら学校が頑張っても治安の悪い地域や経済的に貧しい地域では激しさが収まらないのが厳しい現実でもある。 

 

事なかれ主義が蔓延する最悪の職場

上司が守ってくれない職場は風通しが悪く、周りに相談できる雰囲気が作られない。つまり仕事は自己責任で片付けなければならない。千葉県野田市教委の矢部雅彦次長がいじめアンケートを加害者に渡した件も、次長の独断で守秘義務を違反して情報漏えいすること自体がおかしい。

おそらく、野田市教委は最悪の労働環境だったのだろう。責任者である次長を助けてくれる者は誰もおらず、他の者は見て知らぬ振り。公務員体質の校長が自分の部下である教師を見捨てて何もしない構造と全く同じなのだ。次長は警察に通報するのも止められていたのかもしれないし、自分さえ助かればそれでいいと思う気持ちがあったのかもしれない。どちらにしろ児童を死に至らしめる一因にもなった野田市教委の対応は最悪中の最悪で、擁護することはできない。

野田市教委の謝罪は誰に向けてのものなのか

この事件で最も違和感を感じたのは野田市教委の謝罪会見である。この謝罪は果たして誰に向けての謝罪だったのか。謝るべき相手は亡くなった女児であり、その女児はもうこの世にはいない。

続報として野田市教委が亡くなった女児のアンケートを公開した。女児が亡くなり、加害者が逮捕された後でアンケートを出して何の意味があるのだろうか。何もかもがズレていて呆れてしまう。市教委が最優先でするべきことは、同じような悲劇を繰り返さないために組織の体質を改革して全力で再発防止に努めることだ。
 

「チーム学校」…しかし現実は

近年になって「チーム学校」という言葉を聞くようになりました。簡単に言うと学校全体で一つのチームとなり教員を育成しようとするシステムらしいのですが、現場には実現する余裕もなく、机上の空論で終わってしまっています。同じような意味を持つ言葉として「メンター方式」があります。これも全然機能していないので説明は省略します。
 

教員の首を絞めている古い体質

激務と言われながらも一向に改善する見込みのない教員の仕事。プログラミング教育の必修化、英語・道徳の科目化、タブレット端末を使ったICT教育と新しい仕事が多すぎて教員の手が追いつかない。英語を話せない教員がどうやって英語を教えるのか。プログラムを組めない教員がどうやってプログラミングを教えるのか。道徳を科目化して成績を出すことで大人の求める答えを出す児童が続出するのではないか。不安材料ばかりが目につく教育改革であるが、実は問題はそこではない。

新しい仕事を増やすだけ増やして古い仕事を廃棄できない、公務員にありがちな体質が現場を苦しめている。ただ昔からやっているというだけで何の根拠もないイベントをダラダラと続けているのだ。組体操などが良い例だ。学校カリキュラムの元となる学習指導要領には組体操に関する記述など書かれておらず、感動を呼ぶためだけに全国で行っている。(組体操については詳しくは後述)

余談として、役所では紙で作成したデータをパソコンに打ち込んで保存するという、何のためにパソコンを導入したんだ?と思わせてくれる馬鹿馬鹿しい仕事をやっているらしい。公務員ならいかにもありそうな話である。
 

「運動会」「卒業式」は保護者アピールの絶好の機会

学校が総力を挙げて開催する一大イベント、運動会と卒業式。一ヶ月以上前から教師が台本を書き、たった一日、親にお披露目するために厳しい練習が続けられる。もともと運動会は体育で培った体力向上を確認する行事だが、いつの間にか学校が保護者へアピールを行うために行われるようになっている。

全国で事故が多発して今では廃止されつつある「組立体操」は、私が学校にいた頃はまだ行われていた。自分が学生だった時は意識もしていなかったが、その練習風景は異様である。教師が児童生徒に危険な行為を強いて、ふざけた者がいると「本気で取り組まないと大事故になるぞ!真面目にやれ!!」と怒鳴りつけて晒し者にする。そんな危ないなら最初からさせるなと思うのだが、感動の魔力に取り憑かれた教師の目は血走っていた。この組立体操は子どもたちが苦しみながら力を合わせて一体感を得るというメリットがあり、学級運営に利用する先生も少なくない。ただし、辛い練習に耐えかねた子どもが暴れだすデメリットも存在する。

卒業式はさらに規模が大きい。教師が書き上げた台本を子どもが読み上げたり、将来の夢や親への感謝の言葉を絶叫したり、異様ではあるが感動を誘ってしまう学校における絶対的行事である。学校での思い出、大人への感謝、将来への決意。子どもたちが成長して立派になった姿を見て保護者は感動する。この卒業式も保護者に向けて行われている部分が多いが、先生たちの一年間の苦しみが全て水に流れる瞬間でもある。
 

学校の最大の敵、それは人の感情

モンスターペアレント、公務員の体質、学校の体質と困難の多い教育現場。それでも現場を一番頭を悩ませるのが人間の感情だろう。余裕のない社会では市民は公務員の味方をしないし、余裕のない保護者はモンスターペアレントになりやすいし、不祥事が続いても犯罪教師を解雇することもできないほどの人手不足。東京・町田市の高校で起こった事件でも真実は分からない。生徒が悪いのか、教師が悪いのか、様々な憶測が飛び交い、無責任な発言がネットを駆け回る。ひとたび指導を誤れば裁判を起こされたり子どもの尊い命が失われたりする。嗚呼、教育という仕事の何という責任の重さであろうか。教師は軽薄な気持ちで務まる職業ではなく、常に緊張しながら戦い続けなければならないのだ。

(了)